祝福の時の諍いその事件が起きたのは、ギルドマスターが不在の日だった。『祝福の時』とでも呼ぶべき時間がある。 コエリス神の祝福か、私たちの手にするあらゆるものが恵まれている時間。 それを察した冒険者の誰もが、己の知る最も良い条件の場へ赴き、敵を屠って成果を手にするのだ。 そうなると場の争いが起こることは止むを得ない。 大概は互いにほぼ無言で退くのだが、今回は事情があった。 私は神殿4Fのとある小部屋にいた。 ここはそう敵は多くないのだが、私のペースで戦いやすいと思えたので、祝福の時となる前から陣取っていた。 途中までは一人だったのだが、仲間より声がかかった。 金鎧なのだが、ここまで来たいと言う。 彼にその場を任せて何度か往復したのだが、拙いことがあった。 場所を取られたくない余りに、少々刺激的な態度を見せていたのだ。 注意したものの彼は意味に気づかず、戦闘が一時的に激しくなったので私もとがめだてをしきれずにいた。 どうしても倉庫に戻る必要があり、任せておいた場に戻ると他の人がいた。 丁重に挨拶したつもりだが、相手は、金鎧の若造ごときが挑戦的な態度を取ったと思ったようだ。 余りベテランらしからぬ態度、と取られても仕方のない返答がかえってきた。 まあ、利益が目の前にある時だ。 不在、存在、水掛け論にしかならない。 相手のいい分とこちらのそれはぶつかるに決まっているし、どちらも正しければ、逆に、どちらも間違っているのだ。 こちらは、挑戦的な態度で始めてしまった。 相手も、侮蔑的な言葉で去っていった。 どっちもどっちだ。 不慣れな新人の過ちを、ベテランは許せないものなのだろうか。 やはり黄金や魔法のアイテムの輝きは、人を狂わせるものらしい。 まるでネトゥスの宝物のように。 サブマスターと居合わせたメンバーに次第を報告し、ヒートアップしている仲間をなだめた。 一時の激情は身を焦がす火でも、我が身を省みた瞬間に冷水となって浴びせられる。 誰だってそういうことはある。 私には、身に覚えがありすぎて苦笑するしかない。 落ち込む彼が元気付く頃、祝福の時は終わった。 「……それで、何故私に」 兜を外さず立つ男の目は、いつも鋭い。 部下たちのことは知らないが、一団を率いる人間であることは確かだ。 「このような事態が起きた場合、あなたならばどう裁いたのだろうと思って」 個人でならば起き得なかったトラブル。集団に属すれば、一人の責任ではない。 部下が功を争った場合、一つの町を守る男はどう判断するのだろうか。 「我々はこの町を守る以外に、目的はないからな。冒険者の争いはあずかり知らぬところだ」 それもそうだ、と礼を言って背を向けようとしたとき、名を呼ばれた。 「砂漠で一番の強敵は何だ」 「モートゥース」 男が頷いたとき、兜の金具が僅かに擦れる音がした。 「ここへ来た頃はお前もそれを恐れただろう。今、それを退治せよと言われたらできるか?」 「できる」 即答した。今度は金具の音はしない。 「ならば、重ねて問おう。お前がこの砂漠で身につけたのは、その鎧と力だけか?」 困惑の瞬きさえ許さぬほど、男の目を鋭く意識した。 「その鎧に相応しい器をもて。毅然とし、怪物に対するように己の過ちを恐れるな」 男の声は、いつも冷静だ。命ずる時も、褒章を手渡し励ます時にも。 「強者弱者ではない、感情でもない。お前のほうが相手より大きな心を、器量を持つほかに何ができようか」 微動だにせず、重い武具をまといつづける男の見えない口元が言葉を作る。 「……そろそろ、お前もターラを目指すのだろう?」 「警備隊長」 「強さとは、戦いの技ばかりではない。他者の在り様を容れられる心が伴わなければ、と私は思っている」 もう一度だけ、僅かに兜が動いた。 「いつ旅立つかは知らぬが、餞別代りに、覚えていてくれ」 歩みながら、私は手にした杖を見た。 これを求めるまでに、相当の時間がかかったことは確かだ。 使いこなせる器量が伴わない限り、どんな高価な武器も、神聖な鎧も、私達の身には備わらない。 「心、か」 私が諍いをした相手のレベルに到達した時、ベテランとして未熟な冒険者を許せるのだろうか。 強さに見合う心をもちたい、そう願いながら私はターラにいるギルドマスターに改めて報告すべく、独り神殿へのゲートに向かった。 |